2010年3月30日火曜日

第21回「熊にみえて熊じゃない」に触れて

著者:いしいしんじ
出版社:マガジンハウス
価格:1680円
初版:2010年3月15日
サイズ:ハードカバー

いしいしんじさんがガケ書房にやってきたのは僕が無防備な時で、
「いしいです」といった長髪のその人といしいしんじの文庫の後ろに
載っている著者近影の短髪のその人と実は繋がっていなかったの
だが、店内のいしいしんじ本全てにサインをしていただいた。

その後、いしいさんとは床屋に行くようなペースでお会いするように
なり、そのニュートラルな姿勢と地球をそのまま歩くようなフットワー
クはただただ羨望であった。いしいさんは物事の符号をコレクション
するかのように楽しんでおられる人で、この本の中でもちらほらと符
号する出来事が記されている。タイトルの「熊にみえて熊じゃない」
も、いしいさんが熊の登場する小説を書いていたら、何も知らずに
熊の着ぐるみをもらってきた奥さんがいしいさんを驚かそうと熊になっ
て家に帰ってきてしまったという符号を引き起こしている。いしいさん
は、そういう符号の出来事に縁という言葉を用い、人間の判断を超
えたそういうものに触れたとき、いま本当に自分は人間をやっている
と信じることができるのだと書いている。大富豪ならぬ大符号である。

「七人目のディラン」という章があって、それはいしいさんの弟・タカノリ
さんのことについて書かれた話なのだが、僕はその話をご本人である
タカノリさんのいる前でいしいさんから聞いていた。その時は、いしいさ
んのお兄さんも同席していたのだが、僕はいしい3兄弟が相対するとき
に自然作用として起こる立ち位置が非常におかしかった。お兄さん2人
の妄想と冗談と愛情溢れる話を末弟のタカノリさんがニコニコしながら
聞き(流して)いる。子どもの頃のエピソードでもやはりタカノリさんはお
兄さんたちにもて遊ばれる立ち位置で、そういうグルーヴで3兄弟は今
も繋がっているように思えた。お笑いでいう<ノリツッコミ>というものは
成立せず<ノリ+ノリ>である。3人の中にツッコミは一人もおらず、兄
達の突拍子もない創作めいた掛け合いに弟がボソッと調味料をふりか
け、さらに拍車がかかるという構図はちょっとしたワンダーランドであった。

そういうグルーヴの中で育ってきたいしいさんの片鱗が「ごめんなトミー」
という章で体験できる。このエピソードは、トミーという生き物(人間かどう
か各自読んでご判断ください)の存在をそこにいる誰もが暗に認めていて
姿の見えぬトミーがいわば皆のご意見番的な存在になっている話である。
もちろん実話だろう。いしいさんがかつて働いていた職場で作用したノリ
のエピソードだ。

実はいしい家は4兄弟だという話をいしい3兄弟が口を揃えて僕に言う。
その夜、僕はいしいグルーヴに一瞬だけノレたような気がした。