2010年4月30日金曜日

第22回「春の犠牲」に触れて


著者:木島始
出版社:未来社
価格:350円
初版:1963年6月10日
サイズ:上製函入り本

神保町で有無を言わさず、ジャケ買いしてしまった。濃い灰色がかった黒の
函に白字のストイックなタイトル。その下に蛙が伸びる。本を抜き出すと、表
1は網状の脳模様が展開され、表4は黒味がかったローズ色。ページを開く
と、そこには四方に飛ぶ蛙の飛行擬態写真があしらってあった。梶山俊夫
装丁。電子書籍では絶対味わえない美術作品のような臨場感を手中に収め
た感動がある。即買いした理由はもうひとつあった。物語が展開する場所は
現在ガケ書房がある京都市左京区の北白川。1943年の北白川一帯の少
年たちの話である。
                                             
軍国教育真っ只中の時代にも少年たちの興味は、喫煙、SEX、そして、学
校で習わない文化。ロック的なものとでもいおうか。この時代にそこにあて
はまるのは文学。作中、キーワードとして登場するのはモーパッサンの「生
の誘惑」だ。裕福な家に生まれた石原礼一。不良学生の権化のような大木
孝之。小隊長という役職をもてあます利谷次郎。鶴岡という信頼する先生か
ら文学を教わった徳島菊夫。この4人が軍国社会に敷かれた包囲網に翻弄
されていく姿が描かれている。皆、15、16歳。今の中学生と興味のベクトル
こそ同じだが、逃げ場のない状況は哀しいドラマを連れてくる。
                                             
毎日行われる軍事訓練。ある日の抜き打ち持物検査が彼らの運命を大きく
曲げる。その時石原礼一は、徳島菊夫から借りた「生の誘惑」を鞄に入れて
いた。タバコと本が見つかり石原は停学処分に。同じ日、大木孝之は学校を
休んでいたにも関わらず停学が発表された。原因は、ある少女との淫らな噂
だった。しかしその少年と少女は愛ということも自覚していない<興味>と
<好意>から一歩も進まない関係だけで大人たちに誤解された挙句の処分
だった。大木は無期停学だった。
                                             
仮に現在、学校に行かなくなった学生は、どういう進路に進むか。おおよそフ
リーターかニート。意欲があれば夜間学校かもしれない。1943年の彼らは
少年航空兵の願書を出したのだった。つまり15歳の春に飛行機で戦場に飛
ぶという選択である。遅れて、石原礼一に本を貸した徳島菊夫も、本を貸し
たのは自分だと名乗り出て停学をくらっていた。しかし彼は斜視だった為、
航空兵の願書を出せなかった。大木と噂になってしまった少女は、世間から
いわれなき非難の目を浴びることとなってしまう。当時の社会的偏重を表す
ような本文を以下に抜粋します。
                                             
仮にまったくとりえのない不良少年があったとしても、もしその不良少年が国
家が犠牲になってほしいと要求しているものに進んでなるといったならば、た
ちまちにして英雄となり模範とされるであろう。 ~中略~ 大木が不良少年
から小英雄にとまつりあげられ、公認の美辞麗句につつまれて昇天すべき
勢であったのに、かれの遊び友だちのチカのほうはといえば、泥沼のなかに
とりのこされてしまったのだ。 ~中略~ チカは航空兵の遊び相手の女郎
よりもだれよりも認められない存在。まるで小英雄を堕落させかけていた魔
女のような存在となってしまった。  (以上、本文より抜粋)
                                             
その後、少女は自殺未遂を起こす。徳島菊夫は家出を敢行した。
                                             
入隊への出発の日、駅のホームには石原、大木らを見送る利谷次郎の姿
があった。興奮した見送り団の少年たちは、最初こそ校歌や応援歌を歌っ
ていたがいつのまにか猥褻な替え歌を大合唱しはじめた。そして中には全
裸で逆立ちしながら唄い始める者達もいた。そこには、タバコもSEXも文学
も最後のこの別れの時に開放して共有しあおうという止められぬ若い跳躍
が居合わせた先生や保護者をも黙らせた時間があった。
                                             
その最後の章のタイトルは、「雛の踊り」であった。