2009年10月30日金曜日

第16回「うわさのベーコン」に触れて

著者:猫田道子
出版社:太田出版
価格:1554円
初版:2000年2月11日
サイズ:ハードカバー

その存在は数年前から知っていたが、めったに古書店でも
見かけることのなかった「うわさのベーコン」。年代的にも、
いわゆる古書業界の文脈にはのっかってこない奇書である。
いまは落ち着いているがアマゾンでは一時価格が高騰して
いたらしい。いつか出会うと思った先日、ついに手にした。

巻頭には以下の注意書きが添えられている。
「各収録作品の文中には明らかな誤字脱字が含まれていま
すが、本書編集にあたっては、それも含めて”著者の文体の
魅力”と判断いたしましたので、あえて訂正は加えておりませ
ん。ご了承ください。」

表題作「うわさのベーコン」は、ご丁寧な語り口の独白調で、
散文的な構成。漠然としながらも強烈なる結婚願望を持った
短大生のグジグジした不条理な思考と妄想。そして、悪態。

*注意*
この悪態は、サブカル文化系女子ノリとでもいおうか、要する
に言葉を吐くのではなく呑み込んでいる。そしてそれは現代の
若者が使う言葉ではなく、もっと嫌悪を孕んだ丁寧語に変換し
て記している。

少し抜粋>>>>>>>>(原文ママ)
たん任の先生に進路を聞かれて、結婚したいという。調子に乗
られた先生が、クラスの人に私が結婚したがっている事を言っ
てしまわれる。「あんまり言わないで下さい。」と、この先生を押
さえようとするのですが、聞いては下さらない。仕方がないから
言わせていました。

もひとつ抜粋>>>>>>>>>(原文ママ)
おまけに、「もし、お願い事があれば聞いてあげるよ。」とおっし
ゃいました。先生はその人の代りにお参りなさろうとされたので
す。しかし、私もその他の人も、頼みだしませんでした。夏休み
前には、憎たらしい程その先生と顔があいました。

こうして抜粋してしまうと、なかなか伝わらないかと思いますが、
僕は読み進める間中、言語感覚を微弱に揺さぶられていた。云
うならば、ブランコで誰かにずっと背中を押され続けているような。
その感覚をおぼえてしまうのは、複数の誤字・脱字もさることなが
ら、予測不可能な言葉の配列にあるのかもしれない。展開するト
ーンがずっと一定なのもそこに起因しているだろう。文章を読む
上で無意識に刷り込まれた慣用句が存在しない箇所が随所に出
てきて僕は不思議系女子と会話しているような気分になってくる。
そしてその気分に最後まで引きずられ、フワフワと高揚した感覚
が全ての誤字・脱字を許してしまう。それもありだな。これもまた
ありだな、と。唐突なフレーズが<詩的>にも受け取れるような
感覚を準備させられる。この感覚は、小学生の作文を読んだ時
の感覚に非常に似ている。作文がときに持つ残酷なほどの純真
さは、あらゆる誤解や間違いを読み手に肯定させてしまう力を持
つ。この作品は、小説と作文を分解して融合させたような稀有な
成功例であるが、<文壇>という土壌に登場するのにはまだまだ
多くの誤解を解く年月がかかりそうだ。